かまど
昭和30年頃までは、どこの家でも主な燃料はわらや薪でした。農家はみんな玄関から裏口まで土間が通り抜けていて、土間の一角に「へっついさん」がありました。正しくは「かまど」というのでしょうが、この辺りでは「へっついさん」と「さん」づけで呼んでいて、背後に火の神様「三宝荒神」の神棚があり大切に祭っていました。藁(わら)は稲刈りのあと田圃で乾かして持って帰り、屋根裏にたくさん積んでありました。とくに麦わらや大豆の枝葉はパチパチ音がして、よく燃えました。「初めちょろちょろ中パッパ、赤子泣くとも蓋とるな」などと言いながら、煙たくて目に涙をためて、へっついさんの前で火の番をしていたのも子供の頃の懐しい思い出です。
わらや薪を燃料に、へっついさんで煮炊きすると、すすや灰がたくさん出て、長年の間に家の壁も柱も天井もすすけて真っ黒でした。しかし、そのすすが虫や腐りから柱や茅葺を守り木材建築を長く保つ昔の人達の生活の工夫がありました。「紀泉わいわい村」では、実際に薪を集めて羽釜でご飯を炊いたり、さまざまなお料理をしていただけます。。